有瀬こうこ「転調」

逃げ水賞 (伊丹啓子推薦 第9回円錐新鋭作品賞)

オパールに水の転調四月来る
桜蕊降る仮縫ひのままでいい
口下手で紙風船をまた失くす
まばたきに嘘のねぢれる白躑躅
夕虹の向かうに家出するつもり
夜の色をギターケースに泉湧く
秘密を漏らすにはハンカチ白すぎる
花あふち半透明にただ眠る
生意気の賞味期限をソーダ水
馬車が来ない月下美人が閉ぢてしまふ
尽くさうとせずほほづきのうすみどり
折鶴を紙に戻すや秋時雨
書き出しのペン先に芒の引力
冷ややかにアンモナイトは星を呼ぶ
火を恋へば元素記号にないYes
冬の蝶万華鏡から逃げてきた
母系いま勢ひを増す夕焚火
梟や言語化すれば衰へる
押し花に鱗粉の棲む夜半の冬
あてもなく下りる階段きつと春

垂水文弥「鬼の子にんげん」

白泉賞(今泉康弘推薦 第9回円錐新鋭作品賞)

手毬つこか鬼の白髪を煮て食おか
戦争はおとなの遊び こづくりも?
くわんおんのゑまふはゆきぼたるのはか
花冷や幼な帝の喉仏
わたしの国会を金色の蝶あふれよ
姉の髪を盲人あゆむ椿かな
虐殺のゆふぐれを蝶くりかへす
すこし死にたくない日の祭の風のなか
えいゑんにわたしの夢をみる海月
それはしづかに夏駆けてゆく神様であつた
水だ蛇が息を辿つて金星をおほひつくす日の
かつて焔の中の夏野に我も坐す
つゆくさの季くちづけに要る力
彼の踊子の血縁を火と呼びにけり
木星の磁気の嵐の梨を食ふ
死なないでゐる月光の舟となる
ひとびとをとうめいにする國よ鶴
なりたいものは手袋と、死。あなたの
いつかこの書斎を銃が踏む日の雪
走り出した狐は止められないだれにも

推薦作品

第9回円錐新鋭作品賞

伊丹啓子 推薦

かぷかぷと笑う沈没船の舵       杢いう子
ケセランパサラン十一月の開架にゐる  斎建大宇
宙少し剥がれてネモフィラの世界    加藤右馬
さびしさの単位はヘルツ鯨鳴く     奈良香里
液晶ぜんぶひびわれて一寸セクシー   森田かな

山田耕司 推薦

八十八夜仰向けに臍拭ひをり      赤木真理
ぎよく将のうらはつるんと寒あける   南方日午
うすらひや鳥の記憶の中にパン クズウジュンイチ
痴話喧嘩南瓜を煮たる火を弱め    山本たくみ
ナゲットのソース余りて帰り花     木村陽翔

今泉康弘 推薦

大本營発表により櫻咲く     にしぐちたける
冬帝へ飛ぶ一枚の葉書かな       涼野海音
日本家屋は炎上の似合ふなり      郡司和斗
大寒へ銃弾をもう二、三発         石﨑智紀
熊手選るうちに手締めの輪の中に    丹下京子

第9回円錐新鋭作品賞 編集部より

   円錐新鋭作品賞の開催も第9回を数えます。
 頂点を決める営みもさることながら、多様なあり方への顕彰こそが文学の豊かさにつながるのではないか。そのような趣旨から継続してきた賞です。 
 今回は69編のご応募をいただきました(第1回47編、第2回40編、第3回58編、第4回46編、第5回67編、第6回63編、第7回79編、第8回72編)。
 ご応募くださった皆様に、あつく御礼申し上げます。また、作品募集について、情報を拡散してくださった方々にも感謝。紙媒体の同人誌にこれだけ多くの、しかも、多様な作品が寄せられたことに俳句の豊かさと可能性を実感しております。受賞した方々のみならず、ご応募くださったすべての作家に、心より敬意を捧げたく存じます。 
 特別審査員として、伊丹啓子さんをお迎えしました。澤好摩、攝津幸彦などの作家が新鋭と見なされていた時代を親しく見届けてきた伊丹さんに、2025年の作品を読んでいただきたかったのです。合計1,410句(20句69編、多行10句3編)を読み評価するという仕事をお引き受けくださいましたことに、心から感謝申し上げます。 
                   (円錐編集部・山田)
 募集条件 未発表の20句(多行作品は10句)
 作者の俳句歴や年齢などの条件、一切不問。
 審査の上、20句を対象に、第一席から第三席までを選出。
 句単位での顕彰は、5句。
 募集期間 2025年1月15日〜2月15日   応募・無料

花島照子「音楽が終わる」

伊丹啓子推薦 第二席 第9回円錐新鋭作品賞

ひらかれて本に扉や百千鳥
三月の鏡に映る番がくる
水温む歯科にきれいな歯のマーク
人ひとり視野に収める春の土
安吾忌のまばゆいものを風と呼ぶ
紫陽花をわたしは犬で連れていく
まっさらなプールに髪が嘘みたい
ベランダは箱舟なのにひとりきり
壊れない程度に蟻はよく動く
たんじゅんな夜に揺蕩うアロハシャツ
わらうとき奇術の手つき小鳥来る
鰯雲むきだしのまま鉄に触れ
まちがえて顔燃えているすすきはら
露草と川になれないジャズギター
鳥渡る小学校は祈られて
まっくらで且つ裸木は目にわるい
ぼた雪とこれから音楽がおわる
早梅を後ろ手に目のまるいひと
日脚伸ぶバックパックは軽いのに
天使の輪ぺらんと剥がす羽蒲団

山本絲人 「手の国」

伊丹啓子推薦 第三席 第9回円錐新鋭作品賞

手の国の聾学校はしぐれゆく
時雨にも龍にも耳のない理由
しぐるるも母の母校も手話使う
おしゃべりのごとく手話べる時雨かな
本日の補聴器の色決めしぐれ
聞こえない姉と一緒や時雨来る
ひと時雨読唇術の恋をして
途中から時雨の音を失って
時雨の音をたとえてと頼まれつ
時雨止み手話の告白される距離 
答えずに横の時雨と生きるひと
通訳者時雨いよいよ訳さずに
通訳の服の黒さや北しぐれ
指文字は一瞬にしてしぐれけり
片時雨あらわす手話を探しつつ
補聴器の不調しぐれを誘い出し
障がいの「碍」の字つかう人しぐれ
時雨傘わからぬ手話の言葉狩り
しぐるるや補聴器はずし謹慎へ
手を椅子に縛られしぐれ佇んで

紺乃ひつじ「三種類」

山田耕司推薦 第三席 第9回円錐新鋭作品賞

見開きに太古の鯨みどりの夜
飛び込みの軌道を紅き爪通る
すれ違ふくらげが透けてゐる海月
格子戸のずらされてをり合歓の花
バングルを外して西瓜たたきけり
小鳥来るちよつとびつくりして訛る
ばつてんで光わかるる柿の尻
制服の胸から赤い羽根奪ふ
足軽が注文を聞く文化祭
さういへば菊人形の菊見ざる
牡蠣に刃をがつと入れたり屋台の子
雪をんな髪型変へて来たりけり
トルソーの担がれてゆく聖夜かな
暮市のトミカの箱の褪せてをり
棒二本出てしまひけり初御籤
今のぼりかけてゐるかも魚は氷に
雛壇の下へ潜りしはずの猫
三種類から草餅を選りにけり
イースターエッグに描けば筆はみ出す
春雲や絵本を外へ持ち出して

ふるてい「絵の全容」

山田耕司推薦 第二席 第9回円錐新鋭作品賞

見せてはやしわくちや愛の日の半券
人だかり越しの春めく目当ての絵
彫像のどれも首なき木の芽時
春愁い三歩ほど退き絵の全容
春昼の掛けてよき椅子ならぬ椅子
題を見てまた絵の細部鳥の恋
骸置くように春日のピアノ閉づ
絵に飽きて涼しロビーの緋いソファ
モネの絵を説く館長のオーデコロン
我だけに見ゆる噴水ショーの虹
油絵へ落とされたかに街残暑
菊の香や市民は昏く描かれあり
爽籟や泡まとわせて木のマドラー
サフランと並びて作者不詳の絵
白竜の絵が秋更くる床一面
額縁の厚みにほこり室の花
付き添いの着膨れに絵を語りきり
ショール巻き直しこの絵の前になお
もう音のせぬほど踏まれきる落葉
ふくろうのまるで名画を求むる眼

ミテイナリコ「ドードーの生成」

今泉康弘推薦 第二席 第9回円錐新鋭作品賞

正義も大義も泣く亡く椋名無し
異彩放つ委細承知の黒犀
性技も大儀も鳴く哭く剥くな梨
生き大河逝き他意に生る有機体
銅貨しら挿花葱花な僧nano歌
雲海へ羽化雨花浮かぶ浮かん無理
丼に身振り手振りの朝煙
空蝉 暗鬱せ陰鬱せ現人
春鬻ぐ久方振りにハル子音
苟も良くも悪くも意味じ蜘蛛
句意殺す成句は郁郁青青と
鈍鈍と鈍い狼煙にい呪う蚊
正解の無き眼界に虚数解
cutして西陽を刺して死出の道
息止まり閾値を啜り生きてiLL
濃艷な身の毛の与奪脳炎に
語句中に極光極極微かに
空也和讚食うや食わずの和三盆
独逸語の都々逸何時か書く何時か
ウイグル自治区権利人類の 鷽

おおにしなお「うまれるまでの花わすれ」

今泉康弘推薦 第三席 第9回円錐新鋭作品賞

ぱせりのこさずこれまでのいのちの忌
れーこんふとらせまだほうようの薔薇がある
幽霊 恋の可能性で不可侵の心臓
化けて出ないのうつし世の百合釣りながら
にくたいのさばる残暑の街をすりむいて
ねーまだたましい、? 十月十日を足らず秋
おせわひつよう花野にひかる出生日 
柚子の庭未明の喃語ひろいあげ
からだすくわれしぐるるこども部屋
雪から失くしてかなもなみだも憶えたよ
えーたん最北端の花ゆれながらまたえーたん
うまれたね朧の部屋をふるえつつ    
ぼうぜんじしつ いつまで春に置きっぱなし
はごろもじゃすみんよくねむれたらたべる雲
なつやすみときどき新鮮 ふ とう こう
秋の海ふつうの花をみくだして 
いつか母体になれない母体 スコーンめぐる
まぜるときミルクにつゆくさのおいのり
命脈を言葉を露にみとめる日
ふれればいいよ産着の花にもういちど