平良嘉列乙 「遺影」

第10回円錐新鋭作品賞 赤羽根めぐみ 推薦第三席

春風や家壊すとき窓をまず
いかにして蝶は轢死に至つたか
四月冷たし人工甘味料のやう
夏草や橋は車を淀ませて
森薫る滝壺のみづ痛からう
金星と双子の星の大夕焼
みづ叩くとも抱くともバタフライ
幾千のをとこ乾かす扇風機
雑に剥く梨が鳥肌立ててゐる
鰡群るるタウ蛋白の溜まる街
むかごめし老爺の軽き旅鞄
食堂に犬の遺影や秋の雨
後の月象舎の壁が象の色
できたての淡路島めく牡蠣を喰ふ
石仏の風化の顔や日短か
暖房の弱き地域史展示室
献体のやうに聖夜の寝ころび湯
ブロッコリー嬉しげに咲く野菜室
土匂ふ産まれくるものみな濡れて
春光を弾く車や立ちすくむ

和邇鰭次 「将棋倒し」     

第10回円錐新鋭作品賞 赤羽根めぐみ 推薦第二席

あまりたる牛脂とバレンタインの日
ひそひそと外す彼岸の電球を
霾れり書く字に線の交はれば
秀吉に百の謬説花うつぎ
風鈴を掻き分け風鈴を選ぶ
愛を説く蛞蝓の歯軋りの中
遠く来て返せぬ傘を持つ暑さ
常識を偏見にするメロンの夜
ギガ使い切りし従兄の夏座敷
きしきしと紙魚鳴く鉄道資料館
汚せぬ光ありぬべし原爆忌
星々にみづのきざはし桃を剥く
しりしりと疼く関節芒原
水脈の魁として流れ星
金柑にリボンをつけたやうな人
脚立てふ小さき舞台や松手入
み仏の鼻腔あかるし冬日差
山躑躅覆い被さるやうに枯る
将棋倒しのはじまりは狐火か
校章の錆びし冬日の朝礼台

第10回 円錐新鋭作品賞

灰雪賞(赤羽根めぐみ推薦)

植田遥大 「がら空き」   読む

白桃賞(山田耕司推薦)

田村転々 「鮫や缶」    読む 

白泉賞(今泉康弘推薦)

沼野大統領 「水子祝」   読む

赤羽根めぐみ 推薦作品

和邇鰭次 「将棋倒し」   読む

平良嘉列乙 「遺影」    読む

山田耕司 推薦作品

佐藤研哉 「だんだん」   読む

宮下ぼしゅん 「うどん屋の」   読む

今泉康弘 推薦作品

互井宇宙論 「I See that I’m icy」 読む    

近江菫花 「近江可惜夜」  読む

推薦句          読む

選評 赤羽根めぐみ    読む

選評 山田耕司      読む

選評 今泉康弘      読む

編集部より        読む

沼野大統領 「水子祝」

第10回円錐新鋭作品賞 白泉賞(今泉康弘推薦)

ひとさじにほぐるる肉や春の泥
|Sanctus:||(鱵が墨を)刺さむとす
電気椅子いそぎんちやくが先客に
柳すゑひろがりに繭煮て狂ふ嫁
蝸牛の性技鉄の処女痒し
勝ちほこるGODIVAはぬるく青い眼のさみだれ
あぢさゐの水子祝といふべきか
一オクターブ半で虹の根を摘んだ骨
炎天に血があり犀も塩も蟻
秋よ知らない実か首落ちる音聞いて?
名月や兵に出すなら鼬の子
ぶたの歯がにんげんみたい野菊咲く
桃すするゴヤに黒い絵ありにけり
蓮根をしごいて洗ふ感謝祭
冬枯や鏡の底のジョディ・フォスター
インバネスのはらわたが鳥ずつと出す
夜はあらかた海鼠の婿となるからだ
水仙の頃かぱーどれの口に臍
兎吊るバレエ少女の立ち方に
春はあけぼの笑がほ絶やしたら殺す

田村転々 「鮫や缶」

第10回 円錐新鋭作品賞 白桃賞(山田耕司推薦)

描く人に離れ夜店の銃つめた
桃の種の滑りやすさに夜の雲
溜め息のまはりがオリーブと分かる
流星に何かの許可や電話来る
秋昼寝トイレの鳥のこゑは嘘
時雨中ポストに手ごと手紙入れて
薬局にお菓子が並ぶおほいぬ座
つむれる目消しても暖房がにほふ
牡蠣の岩踏むたび牡蠣をこはしつつ
浜に大きく真冬の頬で名をしるす
蝶よタグを剥がした痕の汚い糊
駅に入るだけの切符や春セーター
ものの芽の遠くから来て煙草踏む
海を撮る四月の流木にすわり
雨ずつと傘を鳴らして春の雨
水槽のさはれる鮫や缶コーラ
寝冷えした焼きそばの湯の流れてゆく
泳ぎからこはい唇して戻り来る
雲を忘れて麦を笛また野草を笛
蜜豆の蓋のたうめい樹下へゆく

植田遥大 「がら空き」

第10回 円錐新鋭作品賞 灰雪賞(赤羽根めぐみ推薦)

風のてざはりを思い知るのは冬ばかり
公共の場と言へるのだらうかじぶんひとりの公園は
いちめんに名残ばかりの金魚鉢
空の輪にしやぼんいちまい沿つてゐる
見過ごしたり見過ごされたりしてゐる木馬
斜めに差した日差しにかける言葉はないよ
蟻たちのひとふで書きにできる脚
手に取れば枯れ葉はもう風景ぢやなかつた
旧かなでぼそぼそしやべる印刷機
青葉闇あなたの手相のほうがすき 
にんげんの模様うつくし夜の指
音がしないもんだよじやうずな相槌は
造りこまれたヘアスタイルを犬ですらしてゐる
行きずりのかまきりにがら空きの腋
もう少しで桜が季語になるだらう
つまんない電話がひとつ風の歌
ゴム手袋のやうに延びてるソファの上で
昨日みた星座のはなしをしたかつた
爪を落葉と思えばさうも見えてもくる
落椿犬には犬の主体性

『澤好摩俳句集成』を手に 横山康夫

 澤好摩の三周忌を迎へたこの夏、『澤好摩俳句集成』が成つた。刊行に尽力した山田耕司同人に心から感謝の意を表する。また多くの方々のご協力にもお礼を申し上げたい。


 『集成』の装幀は瀟洒でその飾り気のなさが好ましい。澤好摩は兔が好きで自分でも飼つて可愛がつてゐたが、その兔が装画として配されてゐるのも納得である。卷末に初句索引や季語索引を載せてくれてゐるのも有難い。作品の全てを覚えてゐるわけではないし、作品を覚えてゐてもどの句集だつたかといふのを思ひ出せず迷ふといふやうなこともあるからである。一つひとつの句集にあたらずともこの『集成』一冊ですぐに確認できるのは助かる。


 わたしは遠く離れた地にゐて小さな句会の仲間とともに俳句を書いてゐる。だから現在の俳句界がどのやうな状況にあるかといふことには疎い。〈展展望望〉の編集趣意に相応しい内容には到底ならぬだらうが、『澤好摩俳句集成』を手にとつてそこから喚起される思ひを述べることで責めを果たしたい。


 澤好摩の最初の句集『最後の走者』は初期の作品から「青玄」に所属しその影響を受けた頃までの作品で構成されてゐる。ごく初期の作品の中には、


  天に雨の降り残しなし鬼あざみ


といふやうな抜群の安定感を示す作品やその抒情の原点を示す作品もあるが、多くは習作といつてもよいものであらう。手探りで書いてゐるといふ感じを受ける。それは澤好摩自身がその「あとがき」に「何をどのように書くのかということは疑問に包まれたまま」とか「一体ぼくは何を書こうとしているのか」と書いてゐることからも分かる。「青玄」に参加したのも「何をどう書くか」といふ答へを求めてのことであつたらう。


 一九七〇年に一年半程の関西での生活を終へて東京にもどつた澤好摩はすでに「青玄」の影響から脱してゐた。わたしはその辺りからの澤好摩の俳句に大きな変化を感じ目を奪はれる思ひだつた。「青玄」の影響下の句は書き方が変はつたといふ感じが強かつたが、もどつてからの作品は根底から変はつたといふ感じを受けた。その作品は多く『印象」に収録された。なかでも次のやうな作品は今でも深く心に残る。


  ものかげの永き授乳や日本海
  百日紅ひとりでをるは深傷負ふ (深傷にルビ「ふかで」)
  空高く殺し忘れし春の鳥


私はこれら『印象』に収録された作品を書いてゐた頃の澤好摩が最も輝いてゐたやうに思ふ。それは「何をどう書くか」といふことに一定の答へを見出してゐたからではなからうか。これらの作品が書かれたのは「俳句評論」に所属してゐた頃である。


 「俳句評論」に所属する契機になつたのは折笠美秋の知遇を得たことによる。当時、同人誌「辛夷」二号(一九七一年)の〈編集手帖〉に、富澤赤黄男の箴言「蝶はまさに〈蝶〉であるが〈その蝶〉ではない」(クロノスの舌抄)を採り上げて、「言語の仮構性という面から改めて俳句の構造を捉えなおす」との傾向に賛意を示しつつ、「言語の問題を軸にして、未来の俳句への模索を持続」すると澤好摩が書いたのを読んだ折笠美秋が声をかけてきたのである。「これは〈俳句評論〉へのシグナルだと受けとめました」と言つた折笠美秋の言葉が今も私の耳に残る。


  木の箱に納まるわれももみぢせり  『印象』


 折笠美秋に、
  桐箱でおさまるいのちではないか  『虎嘯記』


といふ句があつて、「木の箱」の句は明らかにこれに影響されて書かれた作品と思はれる。澤好摩は折笠美秋の知遇を得てから、「俳句評論」や俳句総合誌などに発表された折笠美秋の作品を独自に渉猟し、折笠美秋の句集が刊行されるより遙か以前に、「折笠美秋作品抄」を作つた。謂はばそれほど私淑したといふことであらう。「影響されて書かれた」と言つたが、より正確には呼応して書かれたといふべきだらう。「おさまるいのちではないか」との確信的呼びかけに、「納まるわれももみぢせり」と応へてゐるのである。少人数で同人誌を出したばかりの若者に声をかけてくれた先達への敬意の気持ちもあつたかと思はれる。両者ともに鬼籍の人となつた今、この二つの作品から二人の関係、殊に折笠美秋が与へた澤好摩への影響に改めて思ひを巡らす。


 紙幅が無くなつてきたので少し急ぐが、晩年の澤好摩に対して保守化してゐるのではないかといふ危惧があつた。私はそのことを直言して長文の反論を貰つてしまつたが、かうして全体を見通せる『集成』を読み、やはり最も鋭い輝きを示してゐるのは『印象』『風影』だといふ印象は拭ひ難い。『光源』『返照』を否定する気は無論ないが、如何に優れた作家といへど、齢をとれば挑むよりもそれなりに落ち着きを示すやうになるのは当然であらう。仮にそれを保守化と見られたとしても、澤好摩は言葉と真剣に向き合ひ、自らの作品の一層の深化に専心し続けたのだと思ふ。 

第十回 円錐新鋭作品賞募集!

●未発表の俳句作品20句をお送りください(多行作品は10句)。 作品にはタイトルをつけてください。

●受付開始 2026年1月15日

●応募締切 2026年2月15日

●年齢・俳句歴の制限はありません。

●応募料・審査料などの経費は一切必要ありません。ご応募くださった作品の著作権は作者に帰属します。

●ご応募の際には、お名前(筆名・本名)、ご住所、メールアドレスなどの連絡先をお書き添えください。折り返し、編集部より連絡申し上げます。

●受賞作品は「円錐」109号(2026年4月末日刊行予定)に掲載。

●選者
赤羽根めぐみ
山田耕司
今泉康弘

宛先 円錐編集部 ensuihaiku@gmail.com

ホームページ http://ooburoshiki.com/haikuensui/
※上記HPにて、今までの受賞作品・審査コメントなどをご覧いただけます。

『澤好摩俳句集成』を読む  加藤治郎

桜貝きらめく波に見失なう  『最後の走者』

 桜貝がきらめく、そしてきらめく波がある。桜貝と波が渾然となったとき、見失なう。なんと美しい句だろう。見失なったのは想い人かもしれない。桜貝の可憐さと重なる。

男の昏睡続く 海底を蟹流れ  『最後の走者』

 昏睡のとき意識があるとすれば、暗い海底を蟹が流れている様子だろう。蟹は無力でただ流れている。

木の箱に納まるわれももみぢせり  『印象』

 この木の箱は棺だろう。納まるという窮屈な感じがそう思わせた。死後の自分も紅葉して華やぐのだ。

打楽器の一音ごとにはじまる圧死  『印象』

 どっどっどっと打楽器が鳴る。不穏な空気を直感し圧死に至った。これから圧死が始まるのだ。怖ろしい。大量殺戮を感じる。577の形式もふさわしい。

寒雲に片腕上げて服を着る  『風影』

 スケッチが絶妙である。寒雲に突き刺さるような腕だ。屋外の男である。たぶん野原だ。服は髙山れおな氏によればコートである。セーターかと想像した。セーターというのも不毛な話で、服は服なのだ。

杉林雲に晩年あるごとし  『光源』

杉林を見て、雲を見る。視線は高い。雲に晩年を見た。静かな境涯の句である。

的の矢を引き抜き年を惜しみけり  『返照』

身体感覚が冴えている。矢を引き抜く手応えと一年への深い思いが照応している。

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