編集部より

第10回円錐新鋭作品賞

 円錐新鋭作品賞の開催も、ついに第10回。
 頂点を決める営みもさることながら、多様なあり方への顕彰こそが文学の豊かさにつながるのではないか。そのような趣旨から継続してきた賞です。 
 今回は87編のご応募をいただきました(第1回47編、第2回40編、第3回58編、第4回46編、第5回67編、第6回63編、第7回79編、第8回72編、第9回69編)。
 ご応募くださった皆様に、あつく御礼申し上げます。また、作品募集について、情報を拡散してくださった方々にも感謝。紙媒体の同人誌にこれだけ多くの、しかも、多様な作品が寄せられたことに俳句の豊かさと可能性を実感しております。受賞した方々のみならず、ご応募くださったすべての作家に、心より敬意を捧げたく存じます。 
 今回の審査員は、すべて円錐の同人。同じ場に参加していますが、価値観はそれぞれ異なります。だからこその、同人誌であるわけですが。違う角度からの評価ですが、それぞれ読者として誠実に対応させていただきました。
                   (円錐編集部・山田)
     第10回 円錐新鋭作品賞
 募集条件 未発表の20句(多行作品は10句)
 作者の俳句歴や年齢などの条件、一切不問。
 審査の上、20句を対象に、第一席から第三席までを選出。
 句単位での顕彰は、5句。
 募集期間 2026年1月15日〜2月15日   応募参加費・無料

「魂の救いとしての俳句を求めて」 今泉康弘

選評 第10回円錐新鋭作品賞

 第一席は沼野大統領「水子祝」。
 
 電気椅子いそぎんちやくが先客に
 蓮根をしごいて洗ふ感謝祭
 春はあけぼの笑がほ絶やしたら殺す

 
 浩瀚な『日本宗教事典』(弘文堂)にも「水子祝」なる行事は載っていないので、おそらく作者の造語だろう。この語に象徴されるような二律背反、即ち「死」の暗さと祝祭の明るさとの混交した絢爛にして凄惨な絵図を繰り広げている。

 第二席は互井宇宙論「I See that I’m icy」。

 みどりごにみだらななつのせまりくる
 スケートの刃に燦々とした今ぞ

 こちらもエロスとタナトスとの五七五という手術台での出会いである。死の闇と生の光とが鬩ぎ合う様の形象化。
 
 第三席は近江菫花「近江可惜夜」。

 女正月比良も比叡も薄化粧
 千年の寺に休らふ女郎花

「女正月」なる旧時代の語は、ぼくは使えないけれども、ここではその趣が現代を離れた古典的な美意識に通じていて、戦前の日本画家の豪華絢爛たる色彩感覚を彷彿とさせるような趣きがある。

 以下、応募して下さったかた全員の句に少しずつ触れてみよう。
1 ミカアンドロイド〈凩や黒き海辺を背に立ちて〉寒々しい風を受けながら黒い海を背に立つ、モノクロームの美学。
2 岩本遥〈雪解水泡ひとつずつ追ひ越しぬ〉雪解けの水が泡を生み、「私」はそれを歩きながら越していく。
3 大野美波〈色あせた学生カバン冬日和〉卒業後も捨てられずに保存しておいた鞄なのであろう。やさしさが滲む。
4 赤木真理〈掃き寄せておほかた白髪竹の春〉散髪のあと、床に散らばった髪。「竹の秋」でなく「春」なのが前向き。
5 押見げばげば〈判子より出られぬ吾が名ちつち蝉〉自分の名がハンコの枠に閉じ込められているとの発見は新鮮。
6 ミテイナリコ 〈愛の羽根頸の羽根跳ぶ詩とヨハネ〉ヨハネの頸はサロメに所望され、羽根を得て飛ぶ。横書き。
7 嶋村らぴ〈手短に御慶を終えて始業かな〉前近代と近代とが巧みに融合。
8 髙木小都〈街商の籠に蠍の蠢けり〉蠍を売る、中近東らしき街の光景を活写。
9 大沼吹雪〈歳の市ここぞとばかり落とし紙〉トイレ連作という主題に脱帽。
10 丸山美樹〈おはじきの弾かれ迷ふ銀河かな〉人はみな迷えるおはじきか。
11 花尻万博〈骨や角近く遠くの彼岸かな〉遠近に骨や角が散らばる彼の世あり。
12 坂西涼太〈大寒を拭いて降りくる作業員〉ビル清掃員の様子。見事な描写!
13 伊藤映雪〈石鹸玉悩みかかへて海まで来〉シャボン玉を海へ吹き癒されよう。
14綿井びょう〈つちふるやせんせいおはようございまーす〉学校の情景。季語と挨拶との取り合わせが巧み。
15いたまき芯〈連載を終えて子規忌のチョコレート〉脱稿の充実感。甘味が褒美。子規は食べることを救いとした。
16 末次朗〈全滅の夢より目覚む薄氷〉戦慄の事態からの生還。夢で良かった。
17 羊洵〈万緑が首まで満ちてぼくらの忌〉〈東京を見飽き鯨の胃へ帰る〉万緑はトリフィドを思わせる恐怖がある。
18 丹月啓〈転生をした冬木になつてゐた〉冬木へ転生することも幸福であろう。
19 喜田雄介〈鳴かぬなら昼から呑もう獺祭忌〉酒は「獺祭」でしょうか。
20 雨月茄子春
akechimitsuhidewarukunai.com〉造反有理、それを現代感覚で表現。
21 花島照子〈人参のなかに輪のありそれを断つ〉断面についての鋭い観察。
22 鳥羽南良〈薄氷を踏めばいじめる側の顔〉攻撃衝動に支配されることを抉る。
23 宥光〈飼い猫に小指噛ませてゐる炬燵〉愛猫家の至福時間を描写。
25 日塔朋記〈裸婦まどろむ街からっぽの蟹動く〉かに道楽か。虚無感を表現。
26 郡司和斗+中矢温〈背を暗い蟻ヶ原まで桜まで〉二人で一字ずつ交互に詠む。
27 夜寺耕太〈猪の折り曲げし田の扉かな〉猪被害を具体的に報告してくれる。
28 相田えぬ〈玉子酒とろりひとりで立ち直る〉食べることで元気になれる!
29 平野嘉例乙〈土匂ふ産まれくるものみな濡れて〉野菜のことらしいが全生命に該当する真理であろう。
30 野葛間〈貴婦人を斬首したげな頸飾り〉呪われた頸飾り。ポーの趣き。
31 石村まい〈菜の花とピーターパンの性感帯〉妖精の性感帯という発想に驚愕。
32 クズウジュンイチ〈死ぬときは午後の群馬や塩トマト〉群馬出身として共感。
33 本多遊子〈十二月竹藪に竹横たはる〉リフレインが存在感を醸している。
34 岡一夏〈いま風が薫りましたね菩薩さま〉菩薩の優しい微笑が見える。
35 中田真綾〈食べられた鍵の行方や桜桃忌〉謎めいたドラマを感じさせる。
36 ノセミコ〈くらげからビニール傘へ進化する〉ダーウィンも驚きの超現実。
37 宮崎久實〈鈴蘭や大した不幸ぢやないだらう〉落ち込んだ時に服膺したい句。
38 津原悠太〈春の野を歩けば鳥になれさうな〉爽やかな世界観に共感。
39 西宮ケイ〈茄子焼いて幼き母の隣かな〉幼女時代の母を茄子が召喚した。
41 海音寺ジョー〈洪水の跡地に雷魚あたたかし〉流された雷魚が定着したか。つげ義春「近所の景色」を俳句化?
42 森天雅〈天の川何処かで星の断末魔〉星の滅亡の声を聴く、この想像力。
43 菊池洋勝〈龍馬暗殺の音かな梨を切る〉瑞々しい果実と血の惨劇との競演。
44 金井知優〈竜胆を包む昨日の新聞紙〉新聞紙の現実性と竜胆の抒情との対比。
45 田村転々〈海を撮る四月の流木にすわり〉「四月」が温もりを生んでいる。
46 紺乃ひつじ〈まはしつつ曲がり胡瓜を切りにけり〉描写に俳諧味が溢れる。
47 箭田儀一〈向日葵の真ん中にある爆心地〉日の当たる畑の中心の惨禍。
48 加藤閑〈浴槽に肉欲と春の色を張り〉サイケデリックな風呂場を創り出した。
49 桜庭紀子〈毛糸編む喉仏がたまに動く〉季語「毛糸編む」は女の仕事だと疑われずに使われてきた。それを覆す。
50 児嶋ほけきょ〈春風や一角獣のたてがみに〉遊園地連作だが回転木馬ではなく本物(?)の一角獣だと想像したい。
51 東田早宵〈目の下に刺す針いかづちの記憶〉主体の体で針と雷とが交わる。
52 石﨑智紀〈石室の入り口を去る蜆蝶〉古代の墓の中から蝶が飛んでいった。
53 新倉村蛙〈野を焼けば巨人の足の降り立ちぬ〉足を通して巨人全体を出現させている。安井浩司を思い出す作品。
54 里山子〈南極より手を振る夏休みの君へ〉極地から世界のすべてが見える。
55 山本たくみ〈うづたかき人参などや馬の墓〉〈数へ日や炒飯掘れば湯気新た〉競走馬かもしれないが、かつての農耕馬の墓としても想像してみたい。
56 黒木九〈オーロラとなりて枯野に消えし犬〉心の美しい犬が優雅な光として昇天していった。
57 イサク〈図書館に日焼けの代表の降臨〉場違いな存在の持つ俳諧性。
58 宮下ぼしゅん〈遠花火七味うどんへふるひろがる〉花火と七味の類比の妙。
59 あおい月影〈ファンのつくいらっしゃいませ春の声〉すてきな声にファンがいるという店員。ただし「春の声」とすると春に限定されてしまうのが難点。
60 松井宙岳〈閉ぢた目を開いてみても枯野かな〉あまりに辛い思いに打ちひしがれ、これが夢であれば良いと思い、目を閉じるが、やはり現実であった……。
61 播磨陽子〈さつきまで光源氏がゐて朝寝〉源氏の恋人のひとりが後朝の別れのあと二度寝をする、昨夜の疲れに。攝津幸彦にさらに俳味を加えた。
62 島田砂光〈狼の灰を放つてあまい海〉グリム童話の一場面の新装版の趣き。
63 三浦にゃじろう〈焼芋屋とスナックよし子のよし子かな〉二人が不倫している、という噂か。よし子のリフレインが秀逸。
64 大森豊寛〈高さうな犬に吠えられ文化の日〉金髪痩身のボルゾイあたりか。
65 佐藤研哉〈悪い夢だった?とコート飛んでくる〉魘されていたところへ、コート姿で駆け付けてくれた人の笑顔。
66 髙田祥聖〈芒原にて野孤禅の母と逢ふ〉野孤禅であるがゆえに存在感がある。
67 大岡秋〈春の野や遺体袋の整列す〉大量虐殺の後で遺体が見つけられ、しかるべく埋葬されようとしている様子を彷彿とさせる。覇権とテロの現代世界を批判。
68 金子知紗〈まるで絵画展でした苺ミルクの有り余り方〉自由律風のリズムで切実な心情を歌う作があり、引かれた。ただし仮名遣いに問題ある句あり。
69 矢岳物産〈たしかにあれは螢の声だ助かるぞ〉〈野良猫に「そこの眼鏡」と呼ばれたる〉〈「提供はサントリーでした」と記す遺書〉「鳴かぬ螢」が声を出すという奇跡が起こる時、救いの恩寵がもたらされる。屈折したところが味わい。
70 嶋乃拶希〈蛇の身に蛇の内側詰まりをり〉当然のことを言っているのだが、こういう視点は今迄に無かったと思う。
71 丹下京子〈柚子かいで撫でてこすつて揉んで湯へ〉柚子を弄ぶ喜び横溢。
72 ちねんひなた〈忌がひとつ余っていちごパフェ頼んで溶かす〉「忌」が余るとはどういうことか不明だが、「○○忌」なるものがたくさんある中、一つくらい余ることもあるかもしれない、と思わせ、それを苺パフェという一種の「俗」によって消滅させるという批評精神がある。
73 紅紫あやめ〈屍を吸うて万緑満ちてゆく〉梶井基次郎の「桜の樹の下には」を思わせる無気味さが秀逸。
74 品口回ロ〈落葉拾おうなんでもなかったみたいにさ〉なんでもなくはなかったのだが、なんでもないかのように思わせる文体の妙が上手い。
75 杢いう子〈目鼻口だろう父の日の絵だろう〉前半で謎を提示し、後半で解決。
76 牧野冴〈卯の花腐し犬の値札を書き換える〉ペットショップの光景だろう。卯の花腐しとの対照が味わい。
77 茉白ゆな〈すべて旅でした水槽つめたい朝〉旅のようには見えない日常も、実は人生という旅である。
79 田中段波〈燈火可親 編年体の句集飽く〉編年体の構成は作品の価値を作者の実人生によって保証しようという思想だ。その芸の無さへの痛烈な批判。
80 平野光音座〈みどりの日みんな佐藤になる未来〉東北大学の試算によると五百年後の日本人はみな佐藤姓になる、という。冗談みたいな説を巧みに俳句化。
81 伊藤らぶ〈春の星へ産まれて土星の輪など詠み〉この春は平和の象徴であろう。
82 山中はるの〈春時雨よい歯ひしめき合ふポスター〉虫歯予防の啓発、そうでなくとも、ポスターに出る人はみな歯並びが良く真っ白である。それへの違和感。
83 三枝ぐ〈催眠/祝祭/違法に噴ける/椿とも〉元表記は多行。一種幻覚表現。
84 植田遥大〈公共の場と言へるのだらうかじぶんひとりの公園は〉意外な問題。
85 中山奈々〈一個だけ鉛筆で刺す春の星〉鉛筆と星との組み合わせの叙情性。
86 加藤右馬〈山焼の斜面に梵字らしきもの〉「らしき」で却って実感がある。
87 和邇鰭次〈脚立てふ小さき舞台や松手入〉脚立の上を舞台とみる、心意気!

「書き続けるという約束」 赤羽根めぐみ

選評 第10回円錐新鋭作品賞

 この度、僭越ながら、第十回円錐新鋭作品賞の選者をつとめさせていただきました。渾身の八七作品に感動と感謝。心より御礼申し上げます。
 選考にあたって、重視したことが二つあります。
 一つは、一句めの句の出来具合です。大抵の人が、作品を一句めから読み始めると思うのですが、その入り口でどのように読み手を迎えるかはかなり大事なことだと思います。
 二つめは、表題および表題句について。一句単独での出来ばえに加えて、二十句作品の世界を支え得る力がある句であるかを見ました。実際に、選考を終えてみると、推したいと思った作品はどれも表題句に惹かれるものがありました。
 ただ、二十句全てが百点満点である必要はないと思います。九十点の句も六十五点の句もあって、どれも自分です。隣り合うことで、お互いの良さを引き出せる配置は無限にあり、それをどれだけ考えられるか。書き続けるということは、自分のことを信じてあげて、その可能性を諦めないことではないかと考えます。
 今回、私の推薦第一席を「灰雪賞」と名付けました。渾身の八七作品を読むということは、降りしきる雪の中に立ち続けるようなものではないかと思ったからです。「灰雪」とは舞うように降り、白さとともに、光が当たると灰色にも見える雪のこと。誰もが宿命的に抱えているものとどう向き合ったのか、私なりに光を当ててみたいという思いで八七作品を読ませていただきました。

 前書きが長くなりましたが、第一席・灰雪賞に推したのは、植田遥大氏の二十句作品「がら空き」です。

 行きずりのかまきりにがら空きの腋
             植田 遥大

 表題句。かまきりの体の写生ですが、不思議な味わいのある一句です。かまきりといえば、逆三角形の小顔に、死神の鎌の如き前足をふりあげる姿。もし自分が小さな虫だったら、絶対に出会いたくない相手でしょう。たとえ「行きずり」だとしても。しかし、作者は出会ってしまったのです。怖い怖い。でも、あれ?あんなに脇が甘いのか?と気づきます。だったら勝機があるかもしれないと。かまきりの脇の下を「腋」とまで言ったのは、緊張する相手との遭遇の場面での自分自身の体の反応。相手に無防備な部分を見つけつつも、だからと言って自分も完璧ではないのです。「空っぽ」ではなく「がら空き」、「脇」ではなく「腋」だから、景がぼやけることなく、臨戦体勢の緊張感が伝わってきます。それは、「いきずりのかまきりにがらあきのわき」と、「き」を含む「i」の音の多用にも表れています。同時に、「a」の音が心身の柔らかい部分もイメージさせ、「i」と「a」の響き合いがまさに生き物なんだなあと感じました。相手はただの小さいかまきりなのに、それなのにと、かまきりの後ろにいる見えないものに、読み手も思わず呟いてしまった一句でした。
 今回の選考では、なんとなく自分はきっちり有季定型の句ばかりで編まれた二十句を選ぶのだろうと思っていました。ところが「がら空き」二十句はそうではなかったのですが、単に有季定型ではない、ではなかったのです。表題句を見れば、その力量がわかるように、有季定型を既に十分に自分のものにされている方であるとお見受けしました。そして、その先には、もうただただ言葉とは音楽なんだと実感させられました。当然、生きるということは、いいことばかりではなく、辛い出来事や怒りの感情なども日々生まれます。それらと向き合い、もがきながら、深いところから発信しようとしている。日々の発見(という音楽)をあなたにもきいてもらいたいんだという声が聞こえてくる、そんな作品に出会えてよかったと心から思いました。

 第二席には和邇鰭次氏の二十句作品「将棋倒し」を推しました。選考にあたり、一句めの句の出来具合を見ると先に書きましたが、実は頭の三句と最後の三句に頗る良い句を並べているかというところも注意して見ていました。「将棋倒し」二十句は、その三句・三句(表題句含む)が優れているのに加えて、二十句にばらつきがなく、最後まで読ませる構成力がある作品であると評価しました。

 あまりたる牛脂とバレンタインの日
             和邇 鰭次

 一句めに置かれた、大胆かつ繊細な一句。バレンタインデーといえばチョコレート。一見、牛脂とは関係ないように見えますが、脂つながりであったり、色味であったりと、絶妙な距離での取り合わせに成功しています。可愛らしさもある、大人のバレンタインの一句に仕上がっていると思います。
 同じ作者で面白いと思ったのが、〈ひそひそと外す彼岸の電球を〉〈きしきしと紙魚鳴く鉄道資料館〉〈しりしりと疼く関節芒原〉の句群。「ひそひそと」「きしきしと」「しりしりと」に動詞で始まる句が二十句中に三句は、人によっては多いのでは?と思うかもしれませんが、それがそれぞれ一句の肝として機能しているのが大変見事だと感心しました。

 第三席に推したのは、平良嘉列乙氏の二十句作品「遺影」でした。

 食堂に犬の遺影や秋の雨
             平良嘉列乙

 この表題句は、チーム「遺影」二十句の主将のような存在だと思いました。この表題句だから推したいと思うほど心惹かれた一句です。
 実際に、犬や猫などの遺影の句は既にいくつも詠まれていると思うのですが、この句が優れているのは、まず「食堂に」としたことで効率的に場面設定をしている点です。家族同然に可愛がっていた犬の遺影を飾るのであれば、大抵は一家の団欒の場であるリビングルームでしょう。それが「食堂」だというのは、この犬が飼われていたのが、一般家庭ではなく、食堂経営か、あるいは食堂を持つ会社や公共施設だったことを想像させます。「食堂に」と言っても、生前は食堂内に居たわけではなく、出入りの際に目につき、声をかけられる場所にいつも居たのでしょう。不特定多数の訪れる場所で、癒しの存在として、誰からも愛されて可愛がられていた姿が目に浮かびます。季語「秋の雨」の暗くて肌寒さを感じる中で、「遺影」の飾られた付近だけがぽっと小さく灯っている。心が静かになる一枚の絵をもらったような一句でした。
 「がら空き」「将棋倒し」「遺影」、全く違うタイプの三作品に魅了されました。今後の作品にも大いに期待。これからも意欲的に書き続けてくださることを切に願います。

 以下、こころ惹かれた一句です。表題句にいい句が多いというのは、全体構成が見えているということ。今回、作家としての心構えと意識の高さを全体的に感じました。

 麦笛や冒険譚のドッグイア
            押見げばげば

 表題句。「ドッグイア」とは、本や雑誌などのページの角の部分を折り曲げることによって、栞代わりに活用すること。誰でも普段よくすることなので「ドッグイア」の句は星の数ほど詠まれてきたことと思いますが、この句では「ドッグイア」を「冒険譚」に施し、さらに「麦笛」で活き活きと表現しています。「冒険譚」というのが、凝っていて古風な言い回しですが、古さを感じさせず、紙のよさを再認識させてくれました。単に本の内容と「ドッグイア」なのではなく、このデジタル全盛の今に、紙に触ることがどんなに心躍ることかとまで言えているのが素敵でした。

 カリフラワーライス良い霊になりたい
          岡 一夏

 表題句。「カリフラワーライス」と「霊」の取り合わせがユニークです。「カリフラワーライス」とは、カリフラワーを米粒状に刻んだもの。ヘルシーでクセのない味わいなので、ダイエット中の食事にお米代わりに取り入れられているとのこと。この句の面白さは、健康で生き続けるためにカリフラワーライスを摂取しているのに、心は死後を見ているところです。私は「良い霊になりたい」と願ったことは無いけれど、そう言われると「良い霊になりたい」と思わせられました。おそらく作者には、先に自分が亡くなったあとも、ずっと傍にいたい人がいるのでしょう。「良い霊」つまりいい子でいるから、あなたの傍にいさせてほしいという初々しさが、とても好きな一句でした。

 譜面台全て並べてあとは雪
             石﨑 智紀

 表題句が殊に素晴らしく、この句が表題句である意味がなんと大きいことだろうと、幻の第四席と呼びたい作品でした。
 一句単独の世界で読むならば、この「譜面台」は物としてそこにあり、演奏に必要な、ありとあらゆるものもスタンバイ済みですということかと。私は一読してオーケストラを想像しましたが、例えばピアノに向かう一人のピアニストでもいいのかなと思いました。「全て並べて」は目に見える楽譜や人間の数に限らず、演者の心の内や背負っているものまでも含まれると思うからです。「全て私はやり尽くしました」という、いろいろな気持ちの混じる静寂、そして雪を待つこころ。
 一句だけを読むならば、ここまでだと思うのですが、表題句という役割でこの句を見ると、この二十句が「譜面台」だったのだと気づきます。この二十句に打ち込んだ作者の気持ちが「全て並べて」であると。この表題句を二十句めに置くか、十八句めに置くかは迷ったと思いますが、あえて余裕を残した十八句めでよかったのではないでしょうか。
 他にも〈太陽を見てはいけない冬菫〉〈白菜くたくた揚子江気団〉〈裏側に煉獄の立つ野焼きかな〉など、作者の俳句に真摯に向かう姿勢に好感を覚えました。

 万歳のやめどきの無く台風来
              牧野 冴

 表題句。この表題句も全体に影響している一句だと思うのですが、「やめどき」という言葉が言ってしまっているように、この「やめどき」を苗床に発芽したのが二十句作品「やめどき」なのではないかと読みました。
 日常のたわいのないことにもいちいち絡みついている「やめどき」。でも、一体私は何をやめたいのだろう??むかしの、こんなにも情報が氾濫していなかった頃ならば、案外あっさり答えにいきついていたと思えるのですが、答えを探してアクセスしたインターネットで「万歳」していれば、なんとなく自分も「万歳」してしまっている時代。でも、そのむかしだって、「万歳、万歳」と言ってから戦争に行ったのだから、本質的には変わっていないのかなとも。
 実際には、台風シーズン中の選挙の景を詠まれたものかもしれませんが、無関心とか流されやすいままでいたら、もっと大きなものに呑まれてしまうという、時代への警鐘のような一句です。

 夢に置きざりの梯子へ春の雪
             中山 奈々

 パズルのピースを埋めていくように、「追悼」二十句を読ませていただきました。前に進もうとするけれど、進む勢いとかどこまで進んでいいのか加減がうまくいかなくて、結局一切を引いてしまう姿を想像しました。

 ぐうの音も出ない薄氷踏んでから
 いかなごの話いっさいせず笑う
 きっちりと恨んで啜る蜆汁
 一個だけ鉛筆で刺す春の星

 亡くなられた方とは約束があって、それを作者は苦しい日々の中でも忘れなかったというのが「夢に置きざりの梯子へ」だと思うのです。下ばかり見ていた人に上を向かせた「梯子」と「春の雪」。言葉の力と書き続ける人を信じたいです。

第10回円錐新鋭作品賞 推薦句

赤羽根めぐみ 推薦

麦笛や冒険譚のドッグイア     押見げばげば
カリフラワーライス良い霊になりたい   岡一夏
譜面台全て並べてあとは雪       石﨑智紀
万歳のやめどきの無く台風来       牧野冴
夢に置きざりの梯子へ春の雪      中山奈々

山田耕司 推薦

困らせているオリオンをなぞる目で   花島照子
ダーツ大好きてぶくろの裏が無理 郡司和斗+中矢温
美術館らしさ初春の雲らしさ       岡 一夏      
アイスコーヒーくゆらせるみたいにおばけでしたって教えろよ ちねんひなた
春の湖こにんげんあそぶおやにんげん  伊東らぶ

今泉康弘 推薦

全滅の夢より目覚む薄氷         末次 朗 
向日葵の真ん中にある爆心地      箭田儀一       
野を焼けば巨人の足の降り立ちぬ    新倉村蛙 
閉ぢた目を開いてみても枯野かな    松井宙岳
春の野や遺体袋の整列す         大岡 秋

互井宇宙論 「I see that I’m icy」

第10回円錐新鋭作品賞 今泉康弘 推薦第二席

みどりごにみだらななつのせまりくる
百物語にこゑ奪はれるきみと遇ふ
死ぬまでを心臓の夕立であふれてる
息継ぎせずに泳ぎきつても太閤忌
ぼくの痣ほどに苺の輝けり
父系が蛇でじきにちぎれる
いなづまや見るは盗むも殺すのも
火の街で熟柿爛れるやうに病む
ひつそりと世界が夜学されるまま
引力へ従ふ柚子のにぶさだね
みるみるとめいるげいずの銀河濃し
天使麻痺する光のなかの冬ごもり
狙はうよ月の病となるうさぎ
マフラーに殺意のぼくを締めにけり
スケートの刃に燦々とした今ぞ
着ぐるみまばたくくるしみのかれ葎
かんがへず涙に嵩のある日永
蜂の巣を舐めればもどる視力かな
どぐらまぐらと桜の痩せてゐてきれい
春の夜を生きのびていき延びて ぼく

宮下ぼしゅん 「うどん屋の」

第10回円錐新鋭作品賞 山田耕司 推薦第三席

雨の日の目高うどんの束解く
踝をプールに浸しミニうどん
影涼し器にうどん捻り入れ
うどん屋の水ざらららと注ぐ短夜
どんと置く天ぷらうどん霹靂神
水草の花境内の朝うどん
うどん屋の時間調べる墓参
遠花火七味うどんへふるひろがる
うどん屋に居抜きの名残いわし雲
素うどんに酢橘のたねの純粋さ
かつおぶし掴むうどん屋寒昴
クリスマスカクタスワンオペのうどん
一月のうどんと赤い社員証
人参と思うしっぽくうどんのぽ
うどん屋の蘇鉄ぬぬっと立つ春夜
天かすのふやけるうどん朧月
スプリングコート丸めてうどん待つ
春愁や箸より抜けてゆくうどん
ちゅると呼びうどん食べさす木の芽時
適当に入るうどん屋山笑う

佐藤研哉 「だんだん」

第10回円錐新鋭作品賞 山田耕司 推薦第二席

着ぶくれてジェットタオルの三番手
轢いてないはず枯蟷螂だったはず
冬木立どれも禁帯出である
見学者居る極月の歯科治療
懐炉持ち替えて点字の読めそうな
突っ張り棒担ぎ枯野をまっすぐに
年の夜のブルーレットを抜ける水
嗅がせあう珈琲館の福袋
have toの消えた濁音雪女
悪い夢だった? とコート飛んでくる
麦踏んでだんだん電柱にひげ根
つばめ来るピザカッターの刃は樹脂製
苗札のひらがなにルビふってあり
しゃぼん玉県民の日がふいに来る
ダイソーの凧に拐われそうな君
春霖に惰性の雨は見当たらず
歯ブラシ右に咥えなおして子猫抱く
春の月ひみつ道具を無音で出す
口紅べったり花冷えのハーモニカ
一人称ヒトより多くおぼえて蝶

平良嘉列乙 「遺影」

第10回円錐新鋭作品賞 赤羽根めぐみ 推薦第三席

春風や家壊すとき窓をまず
いかにして蝶は轢死に至つたか
四月冷たし人工甘味料のやう
夏草や橋は車を淀ませて
森薫る滝壺のみづ痛からう
金星と双子の星の大夕焼
みづ叩くとも抱くともバタフライ
幾千のをとこ乾かす扇風機
雑に剥く梨が鳥肌立ててゐる
鰡群るるタウ蛋白の溜まる街
むかごめし老爺の軽き旅鞄
食堂に犬の遺影や秋の雨
後の月象舎の壁が象の色
できたての淡路島めく牡蠣を喰ふ
石仏の風化の顔や日短か
暖房の弱き地域史展示室
献体のやうに聖夜の寝ころび湯
ブロッコリー嬉しげに咲く野菜室
土匂ふ産まれくるものみな濡れて
春光を弾く車や立ちすくむ

和邇鰭次 「将棋倒し」     

第10回円錐新鋭作品賞 赤羽根めぐみ 推薦第二席

あまりたる牛脂とバレンタインの日
ひそひそと外す彼岸の電球を
霾れり書く字に線の交はれば
秀吉に百の謬説花うつぎ
風鈴を掻き分け風鈴を選ぶ
愛を説く蛞蝓の歯軋りの中
遠く来て返せぬ傘を持つ暑さ
常識を偏見にするメロンの夜
ギガ使い切りし従兄の夏座敷
きしきしと紙魚鳴く鉄道資料館
汚せぬ光ありぬべし原爆忌
星々にみづのきざはし桃を剥く
しりしりと疼く関節芒原
水脈の魁として流れ星
金柑にリボンをつけたやうな人
脚立てふ小さき舞台や松手入
み仏の鼻腔あかるし冬日差
山躑躅覆い被さるやうに枯る
将棋倒しのはじまりは狐火か
校章の錆びし冬日の朝礼台