花車賞 木幡忠文「去るとき」

振り仰ぐ冬嶺はただ息ひそめ
世に言葉忘れて帰り花となる
後追ひの蕾に押され福寿草
水仙の隠し化粧や夕日透く
春コートまとひて風と共にゆく
日の注ぐ真中を上る雲雀かな
踏まれゐし蒲公英の泥払ひやる
蜷の道あちこち心移りかな
人去りて河原に残る夕桜
桜散るうたかたの言葉の中を
活けられて壺に混み合ふ牡丹かな
濡れながら色鳥は世の色を負ふ
秋桜音を成さずに揺れにけり
伐る我を見つめてをりぬ冬薔薇
冬の山川音と我が息遣ひ
雪の香を微かにまとふ夜風かな
時巡り同じところに福寿草
片栗の花に蝶きて口づけす
ひと光淡雪が手に消ゆるとき
さり気なく去らむや桜散るごとく

土屋幸代 「日日」

澤 好摩 推薦第二席

葉桜や持ち手に結く家の鍵
レース着て手の静脈の華やげる
夏帽に登山ピンズの古りゐたり
杖で突く路傍の石や今朝の秋
湯上がりの口は滑らか終戦日
昼食の割れない食器野分立つ
文旦や樋に烏の爪の音
腰で押す椅子や風邪声案じつつ
温室のやうな広間に着膨れて
湯に入るや柚子湯の柚子を追ひたてる
一口目は届かぬあんこ冬うらら
電球の一つが暗きクリスマス
冬の日の背を看護師に預けをり
羊日の日差しに遊ぶ埃かな
梅早し日向に寄せる車椅子
オルガンに積まるる雑誌春隣
写し書く明日の献立クロッカス
揺れてゐる雛の天冠昼の地震
託さるる遺作の富士や名草の芽
漫々と潮の匂ひの春の河

第六回円錐新鋭作品賞 編集部より

 第6回です。
 今回は63編のご応募をいただきました(第1回47編、第2回40編、第3回58編、第4回46編、第5回67編)。
 紙媒体の俳句同人誌に多くの方々のご応募をいただき、今回も感動しております。


 募集条件は、未発表の20句(多行作品は10句)。作者の俳句歴や年齢などの条件、一切不問。選考は、円錐編集部・澤好摩、山田耕司、今泉康弘。ご応募の折に、編集部からは各作者に版面の著者校正を依頼。それから審査に。今回も、感染症拡大予防への対応として、座談会はいたしませんでした。各自が自分のペースで選び、評を執筆しています。 

 審査の上、20句を対象に、第一席から第三席までを選出。句単位での顕彰は、5句。「これからに期待する作家」という枠も前回から継続しています。


 毎度のことではございますが、三人の審査員の推薦作品が、まったく、重なりません。バラバラです。これこそが、個々の価値観を頼みに活動する同人誌ならではの結果、と言えるのかもしれませんが。


 ご応募くださいました皆様、そして、募集情報の拡散などにご尽力くださいました皆様に、あらためて感謝と敬意を捧げたく存じます。           

(円錐編集部・山田耕司)

榊原遠馬 「たわごと」

山田耕司 推薦第三席

薔薇の芽や人に姿勢を崩させて
芝さくら長き名のバンドが流行る
春の机に一筆箋のたわごとも
ホッピングのたまに高々春の夕
晩春の汝が怒つて呉れにけり
とんがりコーン指に無言の劇や夏
名訳の原文知らず愛鳥日
炎昼の駅に警官集ひけり
踊子や氷菓を齧るときもなほ
情けなき草笛に応へむとする
猫運ぶ鞄の網目秋涼し
置き配の箱の重なる夜寒かな
霜降や花瓶の色に水満ちぬ
さうぢやないと言ふとき甘き紅茶の香
凍星や吊革は遅れて揺らぐ
測量の二人一組冬青空
ウインクは下手でスキーのさらに下手
腸のやうにマフラー鞄より
新宿の人に凭れて年の暮
彫刻刀に伝へる力雪催

高田祥聖 「シャンデリア」

今泉康弘 推薦第三席

三つ編みを解かず蠍てふ少女
短夜や幾度も脚の上がりたる
バレリーナてふ割れ物や桜桃忌
二人では見るつもりなき花火かな
前髪を掴まれどこまでが花野
新月やシャンデリアには紐の無い
首絞められて喉の良く鳴りたる夜長
冥王の石榴おひとつくんなまし
小鳥ことり逢ひたいのかもしれぬ日の
帰り道はや秋寂びとなりにけり
ひとりでに生きて一人や風邪の夜
毛布小さしあまりにからだ薄っぺら
糾弾や人差し指に冬の蝶
死にたしと言ひて氷の上辺だけ
空腹しか知らぬからだや水温む
爪を噛む癖を忘れて春日向
落花飛花捨つダイレクトメール捨つ
花衣掛け頬杖の夜もすがら
笑ふから笑ひ疲れて睡花
からだじゅう呼び鈴のある四月かな

稲畑とりこ 「骨と肉」

澤 好摩  推薦第三席

八月や玩具の鯱の鋭き齒
捥ぎ取りて葡萄に指のくぼみかな
ひとつひとつ磨く小さき歯漱石忌
口籠り熱燗音を立てて呑む
万両や紙垂の折目は新しく
ロボットに哀しき瞼ある三日
悴みてハンドルへ挿す文庫本
地球儀の海に人日の凡例
凍滝のひとすぢ滝を残しをり
春燈や水面のごとき君の爪
乳飲み子の頭蓋に長閑なる継目
ゆびさきの粘土あかるし菜種梅雨
春闌けて骨は腐らぬやうにされ
寝ぬ吾子と青蘆原へ来てしまふ
防砂林沿いの国道五月来ぬ
青あらし翅持つものは裏がはへ
擦り傷を隠し白玉噛みちぎる
空蝉の吻に土くれ朝清し
骨と肉みな短夜の詩となりぬ
ガネーシャの掌のしわ夏の果

白桃賞 小谷由果「漣」

雛壇の雛より小さき牛車かな
永き日の大きサモエド梳る
花冷やベンチの隙のソーセージ
万愚節フライドポテト長長し
釈奠や祭器の鱈子ラップされ
カリンバの長音階の緑雨かな
背中毛の縞栗鼠めけるシャワーの子
スプーンに漣となるシャーベット
俎板は牛乳パック鰺大漁
涼しさやカフェに醤油の一斗缶
鯊釣の餌虫は切られ針刺され
嗤はれしこゑのまぼろし夜長なり
秋澄める万年筆の吐く青さ
爽やかや最上階の非常口
冬隣ざらめの焼け残るクッキー
富士塚の銀杏落葉を冠しをり
オカリナの息の長さや冬の川
モモンガの目に冬の夜の淵のいろ
初鏡椅子の猫脚嚙る犬
枯山を濡らしてまはる犬の鼻

佐藤日田路 「暗室」

今泉康弘 推薦第二席

あるだけの乳房に浮力春愁ふ
草朧どくんとネアンデルタール
蟻穴を出る戦争に行つてくる
あばら骨一対外し鷹鳩に
花冷えや病院船に窓がない
死の底へ目高の白き薄濁り
ひかひかと月へ誘ふ海月かな
言語野に大蛇一匹飼ひ殺す
向日葵畑片耳を削ぐ蒼く
背筋の闇にうごめく熱帯夜
稲妻や頸に吸ひつく緑髪
革命の饐えた匂ひのして飛蝗
虚空蔵菩薩曼荼羅曼珠沙華
鳥渡る竜骨突起軋ませて
榠樝の実すぐ死にたがるエゴイスト
冬帽子瞳痩せたるモジリアニ
吹雪ふぶき誰のものでもない手足
牡蠣啜る海の匂ひは血の匂ひ
悴むや骨器めきたる手のスパナ
がうがうと前歯を揃へ春を待つ