選評 第10回円錐新鋭作品賞
第一席は沼野大統領「水子祝」。
電気椅子いそぎんちやくが先客に
蓮根をしごいて洗ふ感謝祭
春はあけぼの笑がほ絶やしたら殺す
浩瀚な『日本宗教事典』(弘文堂)にも「水子祝」なる行事は載っていないので、おそらく作者の造語だろう。この語に象徴されるような二律背反、即ち「死」の暗さと祝祭の明るさとの混交した絢爛にして凄惨な絵図を繰り広げている。
第二席は互井宇宙論「I See that I’m icy」。
みどりごにみだらななつのせまりくる
スケートの刃に燦々とした今ぞ
こちらもエロスとタナトスとの五七五という手術台での出会いである。死の闇と生の光とが鬩ぎ合う様の形象化。
第三席は近江菫花「近江可惜夜」。
女正月比良も比叡も薄化粧
千年の寺に休らふ女郎花
「女正月」なる旧時代の語は、ぼくは使えないけれども、ここではその趣が現代を離れた古典的な美意識に通じていて、戦前の日本画家の豪華絢爛たる色彩感覚を彷彿とさせるような趣きがある。
以下、応募して下さったかた全員の句に少しずつ触れてみよう。
1 ミカアンドロイド〈凩や黒き海辺を背に立ちて〉寒々しい風を受けながら黒い海を背に立つ、モノクロームの美学。
2 岩本遥〈雪解水泡ひとつずつ追ひ越しぬ〉雪解けの水が泡を生み、「私」はそれを歩きながら越していく。
3 大野美波〈色あせた学生カバン冬日和〉卒業後も捨てられずに保存しておいた鞄なのであろう。やさしさが滲む。
4 赤木真理〈掃き寄せておほかた白髪竹の春〉散髪のあと、床に散らばった髪。「竹の秋」でなく「春」なのが前向き。
5 押見げばげば〈判子より出られぬ吾が名ちつち蝉〉自分の名がハンコの枠に閉じ込められているとの発見は新鮮。
6 ミテイナリコ 〈愛の羽根頸の羽根跳ぶ詩とヨハネ〉ヨハネの頸はサロメに所望され、羽根を得て飛ぶ。横書き。
7 嶋村らぴ〈手短に御慶を終えて始業かな〉前近代と近代とが巧みに融合。
8 髙木小都〈街商の籠に蠍の蠢けり〉蠍を売る、中近東らしき街の光景を活写。
9 大沼吹雪〈歳の市ここぞとばかり落とし紙〉トイレ連作という主題に脱帽。
10 丸山美樹〈おはじきの弾かれ迷ふ銀河かな〉人はみな迷えるおはじきか。
11 花尻万博〈骨や角近く遠くの彼岸かな〉遠近に骨や角が散らばる彼の世あり。
12 坂西涼太〈大寒を拭いて降りくる作業員〉ビル清掃員の様子。見事な描写!
13 伊藤映雪〈石鹸玉悩みかかへて海まで来〉シャボン玉を海へ吹き癒されよう。
14綿井びょう〈つちふるやせんせいおはようございまーす〉学校の情景。季語と挨拶との取り合わせが巧み。
15いたまき芯〈連載を終えて子規忌のチョコレート〉脱稿の充実感。甘味が褒美。子規は食べることを救いとした。
16 末次朗〈全滅の夢より目覚む薄氷〉戦慄の事態からの生還。夢で良かった。
17 羊洵〈万緑が首まで満ちてぼくらの忌〉〈東京を見飽き鯨の胃へ帰る〉万緑はトリフィドを思わせる恐怖がある。
18 丹月啓〈転生をした冬木になつてゐた〉冬木へ転生することも幸福であろう。
19 喜田雄介〈鳴かぬなら昼から呑もう獺祭忌〉酒は「獺祭」でしょうか。
20 雨月茄子春
〈akechimitsuhidewarukunai.com〉造反有理、それを現代感覚で表現。
21 花島照子〈人参のなかに輪のありそれを断つ〉断面についての鋭い観察。
22 鳥羽南良〈薄氷を踏めばいじめる側の顔〉攻撃衝動に支配されることを抉る。
23 宥光〈飼い猫に小指噛ませてゐる炬燵〉愛猫家の至福時間を描写。
25 日塔朋記〈裸婦まどろむ街からっぽの蟹動く〉かに道楽か。虚無感を表現。
26 郡司和斗+中矢温〈背を暗い蟻ヶ原まで桜まで〉二人で一字ずつ交互に詠む。
27 夜寺耕太〈猪の折り曲げし田の扉かな〉猪被害を具体的に報告してくれる。
28 相田えぬ〈玉子酒とろりひとりで立ち直る〉食べることで元気になれる!
29 平野嘉例乙〈土匂ふ産まれくるものみな濡れて〉野菜のことらしいが全生命に該当する真理であろう。
30 野葛間〈貴婦人を斬首したげな頸飾り〉呪われた頸飾り。ポーの趣き。
31 石村まい〈菜の花とピーターパンの性感帯〉妖精の性感帯という発想に驚愕。
32 クズウジュンイチ〈死ぬときは午後の群馬や塩トマト〉群馬出身として共感。
33 本多遊子〈十二月竹藪に竹横たはる〉リフレインが存在感を醸している。
34 岡一夏〈いま風が薫りましたね菩薩さま〉菩薩の優しい微笑が見える。
35 中田真綾〈食べられた鍵の行方や桜桃忌〉謎めいたドラマを感じさせる。
36 ノセミコ〈くらげからビニール傘へ進化する〉ダーウィンも驚きの超現実。
37 宮崎久實〈鈴蘭や大した不幸ぢやないだらう〉落ち込んだ時に服膺したい句。
38 津原悠太〈春の野を歩けば鳥になれさうな〉爽やかな世界観に共感。
39 西宮ケイ〈茄子焼いて幼き母の隣かな〉幼女時代の母を茄子が召喚した。
41 海音寺ジョー〈洪水の跡地に雷魚あたたかし〉流された雷魚が定着したか。つげ義春「近所の景色」を俳句化?
42 森天雅〈天の川何処かで星の断末魔〉星の滅亡の声を聴く、この想像力。
43 菊池洋勝〈龍馬暗殺の音かな梨を切る〉瑞々しい果実と血の惨劇との競演。
44 金井知優〈竜胆を包む昨日の新聞紙〉新聞紙の現実性と竜胆の抒情との対比。
45 田村転々〈海を撮る四月の流木にすわり〉「四月」が温もりを生んでいる。
46 紺乃ひつじ〈まはしつつ曲がり胡瓜を切りにけり〉描写に俳諧味が溢れる。
47 箭田儀一〈向日葵の真ん中にある爆心地〉日の当たる畑の中心の惨禍。
48 加藤閑〈浴槽に肉欲と春の色を張り〉サイケデリックな風呂場を創り出した。
49 桜庭紀子〈毛糸編む喉仏がたまに動く〉季語「毛糸編む」は女の仕事だと疑われずに使われてきた。それを覆す。
50 児嶋ほけきょ〈春風や一角獣のたてがみに〉遊園地連作だが回転木馬ではなく本物(?)の一角獣だと想像したい。
51 東田早宵〈目の下に刺す針いかづちの記憶〉主体の体で針と雷とが交わる。
52 石﨑智紀〈石室の入り口を去る蜆蝶〉古代の墓の中から蝶が飛んでいった。
53 新倉村蛙〈野を焼けば巨人の足の降り立ちぬ〉足を通して巨人全体を出現させている。安井浩司を思い出す作品。
54 里山子〈南極より手を振る夏休みの君へ〉極地から世界のすべてが見える。
55 山本たくみ〈うづたかき人参などや馬の墓〉〈数へ日や炒飯掘れば湯気新た〉競走馬かもしれないが、かつての農耕馬の墓としても想像してみたい。
56 黒木九〈オーロラとなりて枯野に消えし犬〉心の美しい犬が優雅な光として昇天していった。
57 イサク〈図書館に日焼けの代表の降臨〉場違いな存在の持つ俳諧性。
58 宮下ぼしゅん〈遠花火七味うどんへふるひろがる〉花火と七味の類比の妙。
59 あおい月影〈ファンのつくいらっしゃいませ春の声〉すてきな声にファンがいるという店員。ただし「春の声」とすると春に限定されてしまうのが難点。
60 松井宙岳〈閉ぢた目を開いてみても枯野かな〉あまりに辛い思いに打ちひしがれ、これが夢であれば良いと思い、目を閉じるが、やはり現実であった……。
61 播磨陽子〈さつきまで光源氏がゐて朝寝〉源氏の恋人のひとりが後朝の別れのあと二度寝をする、昨夜の疲れに。攝津幸彦にさらに俳味を加えた。
62 島田砂光〈狼の灰を放つてあまい海〉グリム童話の一場面の新装版の趣き。
63 三浦にゃじろう〈焼芋屋とスナックよし子のよし子かな〉二人が不倫している、という噂か。よし子のリフレインが秀逸。
64 大森豊寛〈高さうな犬に吠えられ文化の日〉金髪痩身のボルゾイあたりか。
65 佐藤研哉〈悪い夢だった?とコート飛んでくる〉魘されていたところへ、コート姿で駆け付けてくれた人の笑顔。
66 髙田祥聖〈芒原にて野孤禅の母と逢ふ〉野孤禅であるがゆえに存在感がある。
67 大岡秋〈春の野や遺体袋の整列す〉大量虐殺の後で遺体が見つけられ、しかるべく埋葬されようとしている様子を彷彿とさせる。覇権とテロの現代世界を批判。
68 金子知紗〈まるで絵画展でした苺ミルクの有り余り方〉自由律風のリズムで切実な心情を歌う作があり、引かれた。ただし仮名遣いに問題ある句あり。
69 矢岳物産〈たしかにあれは螢の声だ助かるぞ〉〈野良猫に「そこの眼鏡」と呼ばれたる〉〈「提供はサントリーでした」と記す遺書〉「鳴かぬ螢」が声を出すという奇跡が起こる時、救いの恩寵がもたらされる。屈折したところが味わい。
70 嶋乃拶希〈蛇の身に蛇の内側詰まりをり〉当然のことを言っているのだが、こういう視点は今迄に無かったと思う。
71 丹下京子〈柚子かいで撫でてこすつて揉んで湯へ〉柚子を弄ぶ喜び横溢。
72 ちねんひなた〈忌がひとつ余っていちごパフェ頼んで溶かす〉「忌」が余るとはどういうことか不明だが、「○○忌」なるものがたくさんある中、一つくらい余ることもあるかもしれない、と思わせ、それを苺パフェという一種の「俗」によって消滅させるという批評精神がある。
73 紅紫あやめ〈屍を吸うて万緑満ちてゆく〉梶井基次郎の「桜の樹の下には」を思わせる無気味さが秀逸。
74 品口回ロ〈落葉拾おうなんでもなかったみたいにさ〉なんでもなくはなかったのだが、なんでもないかのように思わせる文体の妙が上手い。
75 杢いう子〈目鼻口だろう父の日の絵だろう〉前半で謎を提示し、後半で解決。
76 牧野冴〈卯の花腐し犬の値札を書き換える〉ペットショップの光景だろう。卯の花腐しとの対照が味わい。
77 茉白ゆな〈すべて旅でした水槽つめたい朝〉旅のようには見えない日常も、実は人生という旅である。
79 田中段波〈燈火可親 編年体の句集飽く〉編年体の構成は作品の価値を作者の実人生によって保証しようという思想だ。その芸の無さへの痛烈な批判。
80 平野光音座〈みどりの日みんな佐藤になる未来〉東北大学の試算によると五百年後の日本人はみな佐藤姓になる、という。冗談みたいな説を巧みに俳句化。
81 伊藤らぶ〈春の星へ産まれて土星の輪など詠み〉この春は平和の象徴であろう。
82 山中はるの〈春時雨よい歯ひしめき合ふポスター〉虫歯予防の啓発、そうでなくとも、ポスターに出る人はみな歯並びが良く真っ白である。それへの違和感。
83 三枝ぐ〈催眠/祝祭/違法に噴ける/椿とも〉元表記は多行。一種幻覚表現。
84 植田遥大〈公共の場と言へるのだらうかじぶんひとりの公園は〉意外な問題。
85 中山奈々〈一個だけ鉛筆で刺す春の星〉鉛筆と星との組み合わせの叙情性。
86 加藤右馬〈山焼の斜面に梵字らしきもの〉「らしき」で却って実感がある。
87 和邇鰭次〈脚立てふ小さき舞台や松手入〉脚立の上を舞台とみる、心意気!
