有瀬こうこ「転調」

逃げ水賞 (伊丹啓子推薦 第9回円錐新鋭作品賞)

オパールに水の転調四月来る
桜蕊降る仮縫ひのままでいい
口下手で紙風船をまた失くす
まばたきに嘘のねぢれる白躑躅
夕虹の向かうに家出するつもり
夜の色をギターケースに泉湧く
秘密を漏らすにはハンカチ白すぎる
花あふち半透明にただ眠る
生意気の賞味期限をソーダ水
馬車が来ない月下美人が閉ぢてしまふ
尽くさうとせずほほづきのうすみどり
折鶴を紙に戻すや秋時雨
書き出しのペン先に芒の引力
冷ややかにアンモナイトは星を呼ぶ
火を恋へば元素記号にないYes
冬の蝶万華鏡から逃げてきた
母系いま勢ひを増す夕焚火
梟や言語化すれば衰へる
押し花に鱗粉の棲む夜半の冬
あてもなく下りる階段きつと春