佐藤日田路 「暗室」

今泉康弘 推薦第二席

あるだけの乳房に浮力春愁ふ
草朧どくんとネアンデルタール
蟻穴を出る戦争に行つてくる
あばら骨一対外し鷹鳩に
花冷えや病院船に窓がない
死の底へ目高の白き薄濁り
ひかひかと月へ誘ふ海月かな
言語野に大蛇一匹飼ひ殺す
向日葵畑片耳を削ぐ蒼く
背筋の闇にうごめく熱帯夜
稲妻や頸に吸ひつく緑髪
革命の饐えた匂ひのして飛蝗
虚空蔵菩薩曼荼羅曼珠沙華
鳥渡る竜骨突起軋ませて
榠樝の実すぐ死にたがるエゴイスト
冬帽子瞳痩せたるモジリアニ
吹雪ふぶき誰のものでもない手足
牡蠣啜る海の匂ひは血の匂ひ
悴むや骨器めきたる手のスパナ
がうがうと前歯を揃へ春を待つ